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アート
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こういう空、見たことある。
夏の日。青黒い雲が空を覆い、近づく嵐を知らせる。
稲妻さえはらんでいそうな気配。
嵐が来る。その不安と、そしてどこかほのかな期待感。
彼岸から到来するものを待つような、厳かな恐れ。
そう、まるで、台風の到来を不安と高揚感で待っていた子供のころのような。
ゴッホがこの絵を描いたのは、
描かれた麦畑でピストルを自分の体に撃ち込む少し前。
弟テオの家族が、自分の住むオーベルジュへやってこないと知った後。
ゴッホはいいようもない孤独感の中、
最愛の弟テオと、その妻、そして自分の名前フィンセントが付けられた甥が、
オーベルジュを訪れ、夏の日々を自分と共に過ごすことを熱望していた。
その時のゴッホの存在証明は、
テオ一家が自分を訪ねてくるかこないかにかかっていたといえるかもしれない。
しかしテオ一家は初孫を年老いた母親に見せるためオランダへと旅立った。
見捨てられた。
ゴッホはそう思ったろう。
襲い来る孤独感と悲しみの中、既に正気をなくしかけていた精神は崩壊へと向かう。
でも、最期への一歩を踏み出す前に。
この絵を描く。
嵐を呼び起こす雲たちは、決して不安ばかりを表現していない。
その嵐の向こうから、
麦畑の向こうから、
やってくる何かを期待させる。
嵐と麦畑の向こうにゴッホが待っていたのは、テオ一家であったろう。
そして、画家としての成功だったろう。
自分が役に立っている存在であると、
何らかの意義をもって生存していることを認められるような、
神からの啓示でもあったろう。
恐れ。
不安。
期待。
希望。
切なさ。
すべては、雲に巻き困れ、嵐の過ぎた後、その答えはもたらされる。
その答えを自分は待つことができるだろうか。
やってくる嵐を自分をやり過ごすことができるだろうか。
結局、ゴッホは嵐を切り抜けられなかった。
麦畑で銃弾を自らにうちこみ、そしてテオはゴッホの死に際に間に合わなかった。
嵐が来る。
私たちにも、来るべき嵐をむかえ、不安と高揚感を抱える時がきっと来る。
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